企画するにあたって

芸術と私たちの役割

  私たちがこの度、「IWAMI ARTS PROJECT 2020!」を開催しようと考えたのは、私たちのふるさとである石見地方の未来について危機感を覚えたからです。 

【石見(いわみ)】とは島根県西部のことを指します。
この実行委員会は、石見地方を芸術によって活性化させる事を目標とし、幅広いジャンルの芸術作品を創作、上演、展示するだけでなく、それらの「芸術を通して」自らの住む地域、日本や世界を構築する社会や経済について考える「シンポジウム」を開催するなど、様々な観点から石見地域の発展に繋げたいと考え、立ち上げました。

まだまだ小さな企画ではありますが、プロジェクトの回数を重ねることで徐々に進化し、石見を中心とした【大きな総合芸術祭を開催すること】を目指しています。


石見地方に危機感を覚えた理由は、現代社会が効率化を優先し、そのために人口が都市などに集中して、石見を始めとした地域は過疎高齢化が進み、資本主義そのもの、効率第一主義の問題が浮き彫りになっています。 

さらに、現代社会は均一化してきており、平均的な人間のみが正しく、マニュアル人間になるのがよしとされ、自分を規定し、もしくはされている環境下で、人生とはそういうものだと思わされている。あ らゆる面で固定された限定のなかで生きていて、インターネットや科学の発達により刺激と興奮と消費はあるけれど、本当に快適なのかと佇んで考えてみると、決してそうではないはずです。

それに対して芸術というのは、その時代の最も大きな関心や課題に対して立ち向かってきました。

過疎地の問題に絞ってみると、たとえば100人の中
に、一人の変わった考え方を持つ人がいたとします。その人は周りから、平均点を外れた落ちこぼれだと思われているかもしれません。
芸術家の使命とは、その落ちこぼれと思われている一人の人間にも価値があるぞ!ということを勇気をもって言うことです。

この石見地方もほとんどの町が過疎地と呼ばれていますが、歴史的にも芸術的にもたいへん素晴らしいところ、面白いところがたくさんある。
だから、発展している都市などからみると、落ちこぼれと思われているかもしれない過疎地にこそ、たくさんの文化的な可能性がありますよ!ということを地域の内外へ私たちが示せたらいい、示すことが私たち芸術家の使命ではないか、それが文化力ではないかと思い、実行委員会を立ち上げ、行動を始めました。2017年初頭のことです。

多様な文化を受け入れ

新たな文化を創造する


これからの時代は、閉鎖的な地方こそ積極的に多様化を受け入れるようにならなければならないと私は考えています。過疎地には外部からたくさんの人を受け入れ、活性化させていく必要があることは、行政にかかわる方々も重々承知のことでしょうが、これは受け入れる住人の心持も変えていかなければ、とても叶えられることではありません。

人は生きていて多くの区別をします。自分と他人、外国人と日本人、黒人と白人、天才、秀才、凡人。この区別を無くすために、芸術は存在すると信じています。なぜなら、芸術の役割は人の認識を揺さぶることだからです。

出身地が違っていたり、そもそも人種が違う人間同士の相互理解に関して言えば、舞台芸術には人間の身体と言葉と集団という三つのものが集約されており、この三つを通して、人種や民族や国家の違いがよくわかる。


例えば中国という国を知りたいと思った時には、まず中国語を知ること、それから身体には、立ち振る舞い、生活習慣というものがよく表れている。そして、家族などの集団が、どのようなルールの下に構成されているのかを知れば、かなりなことを理解することができる。


ここまで相手のバックボーンを知ることができれば、どのように相手を理解し受け入れたらよいかわかります。いったん成立した秩序を覆そうとする人間が登場した時、これにどのように対処するのか、国家・秩序にとって何が一番問題なのか、秩序を侵略するものにどう対処判断し乗り越えていくのか、ということを問題にしたのが、演劇の大きな流れの一つなんです。     

 それぞれ異なる創造があったり、いろんな伝統があるなかで、地域外の人間という異質なものを取り入れ、新たな文化を創造する大切さを、このプロジェクトでは訴えていきたいと思います。

その他にも演劇が面白いのは、人間に驚いているということです。
隣にいる人間に驚く、その驚きの発見の仕方を教えているのが 演劇です。こういう人にもこういう秘密があり、こういう感受性がある、この人にはこんなふうに狂わせるような思いがあるんだ、ということに驚くということを演劇は教えてくれます。

 演劇に焦点を当てて話しましたが、これは他の芸術にも言えることで、一般的な考え方、常識からはこう見えるかもしれないが、違う角度から見るとこう見えるということ、人間はこういう風に理解するんだなということを、芸術家が世界の人に問いかけ、驚きの発見方法というものを教育でも教えなけ
ればいけません。

文化的に見て日本人の文化的コミュニティの作り方だとか、芸術に対する考え方だとか、その歴史的に形成されてきた精神生活から出てきた芸術的意は、世界中の優れた文化に対しても、そんなに劣るものではないと私は思っています。

しかし、その文化力を最大に生かすためには、行政が前面に出てきたり、コマーシャリズムに乗ったりするのではなく、なんとか芸術家の志を生かすよ
うな形で、このプロジェクトを行わなければと思っています。

それは効率第一主義の都市ではなく、地方、さらには過疎地にこそ、その可能性があると考えます。芸術家を受け入れるその余白が、地方には残されて
いるからです。

開催することになれば、期間中は石見地区を芸術家同士が、そして芸術家と観客が自由に交流できるような開放的な場所にすること、精神的に交流でき
る芸術家中心の場所にするのだ、ということを地区全体で共通認識することも大切です。

より具体的に言うと、芸術家は世界をよくするという意味で「創造的」かで人や取り組みを評価をします。しかし、一般的に多くの人々は、その人の考え方に「共感できるか」で、人や取り組みを評価をします。
この二つは相いれないものですから芸術家を理解することは容易なことでありません。芸術家の価値を図るための指標もありません。他の事業のように
すぐにお金を生み出すものではないからです。
本当に「創造的」なものは、まだ見たことがないようなものです。
それは直接的には定義なんてできないものです。
文化力を最大限に生かしたイノベーションをおこすためには、まず芸術家を受け入れるという余白を人々に持ってもらう覚悟も必要です。

アーツフェスを繰り返し開催し、ビジョンを示していくことで、その「認識」は浸透するものと思っています。いままで無関心だった文化講演や経済学や社会学も芸術を通して興味の対象になったり、日常生活の領域でも厚みと広がりを感じ、都会に目を奪われていた青年たちが、町の将来について考えるような機会になるかもしれない。
芸術家とはそういう役割を持ったものだという「認識」さえ広がれば、そこに創造性を受け入れる余白ができます。

この創造性とは芸術に限ったことではありません。
新しい技術やビジネスを生み出すのも創造性です。
しかし、新しいものが生まれようとするときには、どんな物でも、社会から強烈な反発を受けます。
それは今まであった社会構造を壊すものだからです。それが素晴らしい革新的な創造だとしても、多くの人々が気がつく前に、反発によって殺されることもあるのです。

今地方には、創造性を殺さない土壌が必要です。それこそが今の地方の問題を解決する糸口になるはずです。
そこで育まれ、創造性を殺されなかった子供達はいずれ大きな成功を生み出します。
常識にとらわれない革命的な発明を生み出します。
一見すると訳のわからないことをやっている都市の芸術家たちに、地方の人たちと関わってもらうことによって、それまででは想像のつかなかった化学変化が起きるのではないか。
芸術なんていう手間がかかって、生産性がないものだからこそ、成しえることだと私は信じています。

私たちの信念を根気よく伝え、浸透していけば、温泉津町を始めとする石見全域の地域振興にも大いに役立つものだと確信しています。

芸術と私たちの役目を果たすため、皆様にご賛同いただければ嬉しく思います。


IWAMI 
ARTS  PROJECT 2020 
実行委員長 竹内大樹 (島根県 温泉津町湯里 出身)

IWAMI ARTS PROJECT 2024

石見×アートでイノベーションを生み出す! 「イワミ アーツ プロジェクト 2024」公式サイトです。

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